職人の町・有松絞りの美意識が作っだ町並景観 久方ぶりに名古屋で学会が開かれた。交通手段の関係で半日前に名古屋入りしたので、空いた時間に、憧れの有松絞り見学を思い付いた。 しかし、慣れない名古屋で、しかも名古屋市民でなければ分からない仕来りがあるらしく、複雑な地下鉄路線での乗り換え方法や、名鉄線での行き先やホームでの行列枠を度々間違えた挙句、ようやく件の町へと辿りついた。時計を見れば早や16:30 を回っていた。夕日が傾いている。 残された時間は余りに短く、先ずは町並みを撮らねばと歩き出したら、びっくり!江戸時代にタイムスリップしてしまった。
町の取っ付きから眺めた家並み。個々の町家のファサードは焦げ茶色の連子格子と所々に嵌め込まれた白黒の海鼠壁がアクセントになり、夕暮れに映えて美しい。 ソフトな曲線を描いた通りの各町家は皆深い庇を持ち、傾斜の揃った鈍色瓦屋根の重なりが多様な変化をもたらしながらも、秩序のある家並みとなって、視覚的に飽きることがない。すっかり、この町のそぞろ歩きに心が奪われている。 一体、私は何をしに此処を訪ねたのだろう?当初の計画は先ず、有松絞りの本場でこそ思い切り本物を観てやりましょうと意気込んでいた筈なのに… 写真を摂りまくっている間に、いきなり、つるべ落としの闇が襲う。 急にシャットアウトされ、目的を失った私は戻るしかない。人影の殆ど無くなった通りを、詮方無く駅に向かって歩き出した。
こういう時は無意識に、明かりに誘われるのか、気づくと軒先に淡い光を放つ商標灯を掲げた商家の門前に私は立っていた。豪壮な構えである。少し奥まった場所に玄関があり、まだ開け放たれていて人の気配がする。名高き老舗竹田嘉兵衛商店であった。
どうやら、京都や金沢辺りの老舗染織業界内輪の内覧会が開催されていたらしい。遠慮勝ちであっても、なお未練がましく覗く私に"どうぞ"とお声が掛かる。
とはいえ、来客の足は途絶え、そろそろ店仕舞いの雰囲気に、躊躇しながらも、足だけはたしなみなく前進しているようだ。受付らしき場所から羽織袴の壮年紳士が微笑みながら入室を促して下さったのだ!
すっかり舞上がってしまっている私に、"本日は何をご見学ですか?"との問いかけに、どぎまぎしながら、
"町並みが余りにも素敵なので、夢中で写真撮影していたらこんな時間になってしまいまして…実は私、まちづくりの活動に携わっておりまして…" とつい、通りがかりの人間であることの言い訳をする。
これがいけなかった!いやラッキー!というべきか?間もなくご当家の女主人であると紹介された妙齢のご婦人(中村俶子顧問)が目の前に。
すると、ご本人もまちづくり活動をされていると言うご挨拶を受け、忽ちに打ち解けて、とんだ迷い猫の立場から抜け出られた想い。
思いがけない奇縁話から、誠に懇切丁寧な建物内のご案内を受けることとなった。突然の思わぬ展開に夢見心地で、一体幾部屋回ったのか?多くの著名人が訪れた数寄の極みと思える茶室を特別に拝見出來たり、各部屋の諸国から集まった豪華な展示作品群に目眩いを覚えながら、建物に関する故事来歴の説明を受ける。
有松絞りの歴史とご当家初代の創業理念、そしてあとに繋がる代々のご当主達が町並み全体を俯瞰する美意識とリーダーシップを発揮されたことに改めて感じ入った。
"ローマは一日にして成らず!"
有松絞りの町並みの特徴は、今なおその固有の美と、一貫した理念を失うことなく、文化財としての町並み景観に反映されていた。有松絞りの価値が、まさに凛とした風格をもつ
この町並において体現化されていたのである。
寄稿文
日原もとこ(色紐子)
東北芸術工科大学名誉教授 風土・色彩文化研究所 主宰 まんだら塾 塾長
日本デザイン学会および日本インテリア学会名誉会員
協力(敬称略)
(株)竹田嘉兵衛商店. 〒458-0924 愛知県名古屋市緑区有松1802番地 . ☎052-623-2511
浮世絵師 歌川広重
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