ついこの間、信州遠山の霜月祭りが終わったと思っていたら、いつしか月日が巡り、もう遠山祭りが始まる季節です。頭の中の走馬燈はまだ回り始めたばかりなのに・・・
こうやって何時しか年が巡り2020年の東京オリンピック・パラリンピックも始まる。
東京オリンピック・パラリンピックには、是非海外から来られる皆さんに、全国から集結した伝統の「日本の祭」を見せてあげたいですね。
そして、子どもの頃神社の祭りの屋台で買ったお面を被って遊んだように、オリンピック・パラリンピック選手全員が祭のお面を被り、世界のスポーツの祭典「オリンピック・パラリンピック」そして、日本の伝統「日本の祭り」を楽しみましょう。
鎹 八咫烏 記
遠山の霜月祭りが行われる「下栗の里」は、南アルプスを望む飯田市上村の東面傾斜面にある標高800m〜1,000mの地区です。最大傾斜38度の傾斜面に点在する耕地や家屋は、遠山郷を代表する景観を作りあげています。平成21年には「にほんの里100選」にも選ばれました。
遠山の霜月祭りとは
祭りと季節
遠山の霜月祭りは現在12月に開催されますが、江戸時代には旧暦霜月(しもつき・11月)の祭りでした。
ではなぜ、その時期に祭りをしたのでしょうか。
それは、旧暦霜月には必ず冬至(とうじ) があったからです。
ご存じのように、冬至は一年でもっとも昼が短く、もっとも夜が長くなります。
たとえば飯田市では夏至の昼間の時間は14時間半であったのにたいして、冬至にはわずか9時間半にすぎません。
そして、冬至に向けて日照時間が短くなるにつれて、緑だった山々の木々は秋になると紅葉し、やがて葉を散らします。
気温もしだいに下がってゆき、高い峰々には雪がかぶり、やがて里にも霜が下り雪が舞い、凍てついた冬を迎えます。
こうした自然現象を、古代の人びとは万物の生命の源である太陽が衰弱し、他のすべても衰える季節と考えたのです。
ところが、冬至を過ぎると一転して日照時間はしだいに長くなっていきます。それを太陽の復活再生と考えました。
この一陽来復(いちようらいふく)となる、太陽の衰弱と再生という重要な節目に、神も人も自然界のすべてが生まれ清まることを願う祭り、それが霜月祭りなのです。
祭りと夜
祭りは夜間におこなわれますが、これにも重要な意味があります。
神は昼間でなく夜に迎えてまつるというのが日本の祭りの古い形でした。
太陽が沈む夕刻の頃に神々を迎え、一夜を徹してもてなし、夜明けに神々を返すのです。
祭りを終えて迎える日の出は、新たな太陽のよみがえりを意味します。
祭りをつとめ上げた村人たちは、それを拝むことで自らの活力のよみがえりを実感するのです。
湯立て
遠山の霜月祭りは、湯立てが何度もくり返されますが、これは天竜川流域の、とくに信州側の霜月神楽に共通した特徴です。
神社の中に設けられた竈(かまど・湯釜)を中心に、湯立てなどの神事や舞がおこなわれます。
湯釜には聖なる水と火によって聖なる湯が立てられます。
この湯を神々に捧げ自らも浴びることで、命を清めてよみがえりを願うのです。
また、湯釜から立ち上る湯気は天上への架け橋となり、これを伝って全国66ヶ国の一宮をはじめ、地域の神々までを湯の上飾りに招き寄せるということ
なのでしょう。
霜月祭りの歴史
遠山の霜月祭りのおこり
この祭りがいつ起こったのか、地元の伝承では平安時代の終わりとも鎌倉時代ともいわれますが、定かではありません。
しかし、霜月祭りをおこなう神社の多くが八幡神社であることからすれば、この遠山郷(江儀遠山庄)が 鎌倉時代に鶴岡八幡宮寺(つるがおかはちまんぐうじ)の信州唯一の神料地(しんりょうち)であった歴史と無関係ではなさそうです。
遠山氏の改易と百姓一揆伝承
遠山郷を支配していた遠山氏は、元和4年(1618)に相続争いを理由に、幕府によって改易(お家取りつぶし)になりました。
この争い は領民をも巻き込んで、のちに百姓一揆の伝承を生むほどに熾烈(しれつ)をきわめたようです。
改易の直後あるいは寛文年間(1661~72)になって疫病が大流行すると、村人たちはその 原因を一揆で滅ぼした遠山氏の祟り(たたり)だと考えて、従来の祭りに遠山氏の鎮魂(ちんこん)の儀礼を加えたと言い伝えています。
その伝承どおりに、霜月祭りには「遠山八社神(はっしゃがみ)」などとよば れる遠山氏をかたどった御霊面(ごりょうめん)が登場します。
祭りそのものが御霊を鎮めることに重きをおいているのです。
実際に木沢八幡神社では、元和から寛文年間のころに遠山八社神の面を追加しています。
祭りの内容も遠山氏の鎮魂の祭りへと大きく変化したようです。
八幡神社でも、たとえば上町・木沢・下栗(八幡神社を合祀)の神社は「遠山八社神」ともよばれたように御霊を合祀しています。八幡信仰とかかわり深い御霊信仰が色濃く表れているところに、この祭りの大きな特徴があるのです。
霜月祭りの広がりと変化
最初、遠山八社神を合祀する八幡神社で開催された祭りは、江戸時代の中期以降に八幡神社以外の神社でもおこなわれるようになりました。
それにつれて、遠山氏の御霊面以外の面が奉納されるようになります。
とくに江戸時代末期から明治時代にかけて、上町系をのぞく神社では、村内の神々の面が続々と追加されていきました。
飢饉(ききん)や疫病(えきびょう)の流行、戦争や共有山をめぐる争いなどの社会不安のなかで、村人たちは身近にまつる神々に願をかけ、それが叶うことを願い、あるいは叶った報謝(ほうしゃ)として面を奉納し、そしてそれを着けて舞ったのです。祭りが人びとの祈願を受け止めてきたことがわかります。
霜月まつりの様式
遠山の霜月祭りは、長野県飯田市上村・南信濃の、いわゆる遠山郷とよばれる一帯に分布している湯立て神楽の祭りです。
その名のように、旧暦の霜月(11月)、現在では新暦の12月に、集落ごとの神社で開催されます。
祭りは、地域によって釜の数、笛や銅拍子の有無、祭りの内容、面の構成などが異なり、大きく4つの系統(タイプ)に区分できます。
祭りの広がり方や地域の事情を反映して変化してきた結果生じたものと考えられます。
遠山の霜月まつりは、使用される面の構成から、南信濃で2タイプ、上村で2タイプ、合計大きく分けて四つのタイプに分けられます。
木沢の霜月まつり
集落ぐるみの祭り
南信濃には、湯立神楽を行っている神社が九社あります。
そのうち旧木沢地区に六社があり、三社が和田を中心としています。
木沢方面の祭りは各集落毎に行われ、自治会あげての祭りとなっています。
四面(よおもて)の登場
遠山の霜月まつりの後半には、各神社に保存されている面(オモテ)が登場します。この面の中で、一番人気があるのが、四人の若者たちが荒れ狂う四面という面です。この四面は和田方面の祭りには登場せず、木沢を中心とする祭りの特色となっています。
祭りのはやし
和田方面の霜月まつりのはやしは太鼓だけなのに対し、木沢方面の祭りばやしは、それに笛が加わります。従って、和田の神楽舞は総じて動きが激しく、木沢方面の舞は、全体がゆるやかで優美なものとなっています。
和田の霜月まつり
和田諏訪神社の湯飾りと釜の配置
かまどはなく、鼎に大釜1つをかけます。
遠山の霜月祭りは、平安時代~鎌倉時代に宮中で行われていた祭事が当地に伝えられ、ほぼ原形のまま現在に伝承されているとされ、国の重要無形民俗文化財に指定されています。旧暦の霜月(12月)になると遠山郷の各神社(現在9箇所)で祭りが行われています。
社殿の中央に設えたカマドの周りで様々な神事が執り行われ、神面の舞いが登場する頃、祭りは最大の盛り上がりを迎えます。登場する面(おもて)は各神社それぞれ特徴があり、面の数も異なります。
煮えたぎる釜の湯を素手ではねかける「湯切り」で祭りは最大の見せ場を迎えます。湯切りの後、四面(よおもて)が、独特の太鼓のリズムとヨーセヨーセの掛け声にあわせて、観客の中を飛び回りだすと祭りの興奮も最高潮を迎えます。
遠山の霜月祭りの行われる
遠山郷「下栗の里」について
下栗の里
南アルプスから伸びる尾根に拓かれた高原の地。
下栗の里は標高800~1100m、「日本のチロル」と表現されるほどの絶景地です。
2009年に「にほんの里100選」に選ばれました。
伝統野菜や伝統文化の宝庫でもあります。
しらそび高原
目の前に広がる南アルプスの雄大なパノラマを望む時、そのダイナミックな自然の造形美にしばし息をのむ思いです。眼前に広がる南アルプスに加え、北アルプス、中央アルプスまで望める高原は、アルプス展望台と言われています。
高原には、ハイランドしらびそに加え、しらびそ高原山岳オートキャンプ場が整備されており、 目的に合わせて滞在することが可能です。
日本を南北に分断する中央構造線。 ここ遠山郷で、遠山川断層と赤石断層が交差しています。 この地域独特の断層の上からは、 天然の「気」が発生しているといわれています。
全国でも珍しい42.5度のナトリウム・カルシウム塩化物泉は、 神事を大切にするこの地にあって、まさに神からの宝物です。 大自然の個性的な趣と心と身の癒しに加え、 神にも出会えそうな、心あらたかなひとときを満喫してください。
遠山郷ロードマップ
鎹八咫烏 記
伊勢「斎宮」明和町観光大使
協力(順不同)
遠山郷観光協会
〒399-1311長野県飯田市南信濃和田548‐1(情報ステーションアンバマイ館内)
TEL:0260-34-1071
文化庁 〒100-8959 東京都千代田区霞が関3丁目2番2号 電話番号 03(5253)4111
一般社団法人長野県観光機構 〒380-8570 長野県長野市南長野幅下692-2 長野県庁1階
TEL:026-234-7165
飯田観光協会(飯田市役所観光課) 長野県飯田市本町1-2 本町プラザ
まちなかインフォメーションセンター TEL.0265-22-4851
0コメント